山口母子殺害事件判決に思ったこと
2008.04.23 Wednesday
山口県光市母子殺害事件の判決が出ました。
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/yamaguchi_hikari_murder/
この話題は軽々に論ずることではありませんが、私自身がかつての犯罪被害者であり、その立場からの私見であると言うことでご容赦ください。
何故私が犯罪被害者であるかというと、伯母を事件で失っています。と言っても、私が4歳になる誕生日の3日前でしたので、もう35年近く前の事件です。当時20代前半で独身であった伯母は、妹の子である私を大変可愛がってくれて、ことあるごとに私にスヌーピーのぬいぐるみを買ってくれました。一緒に遊園地や水族館に行ったこともかすかに覚えています。後から遺品を見て知ったのですが、記念切手を買い求めるのが趣味だったようです。物静かでしたが、とっても優しい伯母でした。
私の誕生日に大きなスヌーピーをプレゼントしてくれると約束していた伯母が突然亡くなりました。火葬場で最後に見た伯母の白い顔、1月の寒い待合室、真っ白なお骨を母に手を添えられて拾ったこと。これらの記憶は今でも強烈に残っており、「なんで?どうして?」という感情しかなかったことも同時に記憶しております。
その後「田代」という犯人が逮捕され、母に連れられ横浜地裁に足を運んだことも覚えていますが、後ろの方の席だったので、何が何だかよくわからなかったです。子供ですから我慢もききませんし。でも、幼いながら「犯人は死刑になっちゃえばいいのに」と思っていました。他にも事件を起こしていたようで、判決は懲役17年位だったと母から聞きました。
今考えると、私が20歳頃に犯人は社会復帰しており、ひょっとすると自分の身近に暮らしているのかと思うと、正直かなり複雑な思いがします。もちろん、犯罪者にも人権があり、更生するための機会は与えられるべきとは思います。でも、ことさら犯罪者の人権ばかりを尊重するのは、偏った見方であると思います。ある日突然人生を断ち切られた被害者、被害者の肉親、恋人などの喪失感ややるせなさ。これはたまらないものがあります。
現行の司法制度が判例主義で、「二人以上殺せば死刑」などというくだらない判例を作り上げたために、今回も死刑が重いのではないかなどと言う意見が漏れ聞こえますが、被害者の家族の視点から見れば、犯人が生い立ちの不幸を主張するよりも、犯人の自分の行ったことに対する真摯な反省の姿勢や心からの謝罪の方が、どんな判例よりも重いと思ってしまいます。
来年5月21日から裁判員制度が始まるそうです。死刑制度の良し悪しは、政治家や法律家に座を譲りますが、
「ある日突然大切な人を失うこと。
それを我が事として考えてみること」
これも必要だと強く感じた今日の判決でした。
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http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/local/yamaguchi_hikari_murder/
この話題は軽々に論ずることではありませんが、私自身がかつての犯罪被害者であり、その立場からの私見であると言うことでご容赦ください。
何故私が犯罪被害者であるかというと、伯母を事件で失っています。と言っても、私が4歳になる誕生日の3日前でしたので、もう35年近く前の事件です。当時20代前半で独身であった伯母は、妹の子である私を大変可愛がってくれて、ことあるごとに私にスヌーピーのぬいぐるみを買ってくれました。一緒に遊園地や水族館に行ったこともかすかに覚えています。後から遺品を見て知ったのですが、記念切手を買い求めるのが趣味だったようです。物静かでしたが、とっても優しい伯母でした。
私の誕生日に大きなスヌーピーをプレゼントしてくれると約束していた伯母が突然亡くなりました。火葬場で最後に見た伯母の白い顔、1月の寒い待合室、真っ白なお骨を母に手を添えられて拾ったこと。これらの記憶は今でも強烈に残っており、「なんで?どうして?」という感情しかなかったことも同時に記憶しております。
その後「田代」という犯人が逮捕され、母に連れられ横浜地裁に足を運んだことも覚えていますが、後ろの方の席だったので、何が何だかよくわからなかったです。子供ですから我慢もききませんし。でも、幼いながら「犯人は死刑になっちゃえばいいのに」と思っていました。他にも事件を起こしていたようで、判決は懲役17年位だったと母から聞きました。
今考えると、私が20歳頃に犯人は社会復帰しており、ひょっとすると自分の身近に暮らしているのかと思うと、正直かなり複雑な思いがします。もちろん、犯罪者にも人権があり、更生するための機会は与えられるべきとは思います。でも、ことさら犯罪者の人権ばかりを尊重するのは、偏った見方であると思います。ある日突然人生を断ち切られた被害者、被害者の肉親、恋人などの喪失感ややるせなさ。これはたまらないものがあります。
現行の司法制度が判例主義で、「二人以上殺せば死刑」などというくだらない判例を作り上げたために、今回も死刑が重いのではないかなどと言う意見が漏れ聞こえますが、被害者の家族の視点から見れば、犯人が生い立ちの不幸を主張するよりも、犯人の自分の行ったことに対する真摯な反省の姿勢や心からの謝罪の方が、どんな判例よりも重いと思ってしまいます。
来年5月21日から裁判員制度が始まるそうです。死刑制度の良し悪しは、政治家や法律家に座を譲りますが、
「ある日突然大切な人を失うこと。
それを我が事として考えてみること」
これも必要だと強く感じた今日の判決でした。
2012年2月20日 被告側の上告を棄却した死刑判決が最高裁で出ました。上の理由から私はこの判決が至極妥当なものだと思いました。13年もかかって出た判決でしたが、当時18歳だった被告も30歳。加害者にとっても被害者にとっても裁判が長すぎますね。