<< November 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>
<< アジアシリーズ決勝戦 | main | ご結婚おめでとうございます >>

飛鳥の京は宝の山

奈良県明日香村にある甘樫丘の東麓で、建物5棟や塀などの遺構が見つかった。今回遺構が発掘された現場の東南20メートルの地点では、1994年に焼けた木材や土などが出土している。地域的にも蘇我蝦夷・入鹿父子の本拠地とされている甘樫の丘と一致しており、古代史の解明に向けて大きな発見となる可能性を秘めている。

欽明天皇・推古天皇下で開明派の大臣として頭角を現し、また天皇家の外戚として無類の権勢を振るっていた蘇我氏。次第に天皇家をも上回る専横の振る舞いを強めていた西暦645年、中大兄皇子・中臣鎌足らが宮中にて蘇我入鹿を誅し、即日父の蝦夷を甘樫丘の邸宅を襲って自害させた「乙巳の変」が起こる。これを機に最初の元号となる「大化」が定められ、天皇中心の国家造りを試みる数々の施策を我々は「大化の改新」と呼んでいる。

その時代の遺構と言うことで歴史大好きの私も興味津々。ただ蘇我氏滅亡後である7世紀後半の土器や整地跡も見っており、即ち入鹿と断定するにはまだ早いようだ。「大化の改新」前夜の出来事などは、後世の「日本書紀」などに記録された書物の中の存在であった。個人的には「なんとなくあったのだろう」的な漠然とした飛鳥時代が、「確かにここにあった」という確証が改めて持てたような気がする。

遺跡の発掘と言うのはそれ自身に矛盾を抱えている。後年になればなるほど、年代の特定方法の精度などが進化し様々な事象が判明するようになっていく。それでも、どこかの時点で調査をし、その情報を後世に伝えていかねばならない。そんなことも踏まえつつ、大切な遺跡なので、慎重に発掘を進めてもらいたいものだ。
のなか通信管理人 * +歴史探訪記 * 21:58 * - * trackbacks(2) * pookmark

トラックバック

蘇我入鹿の邸宅跡か 奈良・明日香村ふもとで建物跡出土

【asahi.com】奈良県明日香村の甘樫丘(あまかしのおか)(標高148メートル)のふもとにある甘樫丘東麓(とうろく)遺跡で、掘っ立て柱建物5棟や塀などの遺構が見つかった。奈良文化財研究所が13日、発表した。94年には約20メートル南東で大量の焼けた壁材
From 拾稔堂店長のこうかい?日誌 @ 2005/11/15 12:00 AM

蘇我氏の邸宅発見?

14日付毎日新聞が報じているが、奈良県明日香村の「甘樫丘東麓遺跡」から、蘇我一族の邸宅と見られる建物跡が見つかったらしい。今更説明するまでもないが・・・蘇我氏といえば、稲目→馬子→蝦夷→入鹿と続く権勢を誇った一族であり、聖徳太子の姻戚(+血族)でもあ
From 時評親爺 @ 2005/11/15 10:12 PM
このページの先頭へ